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不自由な自由貿易

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今回はAIやICT、ロボット等の所謂技術とはあまり関係のない話題です。
ネットを見ていて、フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏の対談記事(2019/4・朝日新聞グローバル)に反応してしまいました。
記事のタイトルは「不自由な自由貿易」というもので、彼が以前に書いた「自由貿易は民主主義を滅ぼす」という本がベースになっています
彼が世界的に知られるようになったのは、1976年に出版された最初の著作「最後の転落」において、ソビエト連邦の崩壊を主張し的中させたことによります。
当時は超大国である米国がベトナム戦争に敗退し、これによって並び立つもうひとつの超大国・ソビエト連邦の威信が高まっていた時期なのですが、同連邦内における女性の識字率・出産率・乳児死亡率等の変化から、体制の内部崩壊が始まっていると指摘し、その後の1991年に起きたソビエト連邦崩壊を言い当てたものです。
そんな彼のユニークなところは、世界の家族制度を分類して家族型と社会の関係性を示したもので、ザクッと次のようなものです。

・絶対核家族
イングランド、イングランド系の米国、カナダ、オーストラリア等
・平等主義的核家族
フランス北部、スペイン、ポルトガル、南米
・直系家族
日本、台湾、ドイツ、ユダヤ
・外婚制共同体家族
ロシア、モンゴル、中国
・内婚制共同体家族
トルコ、西および中央アジア
・非対称共同体家族
インド
・アノミー的家族
東南アジア、環太平洋
・アフリカ・システム
北およびエチオピアを除くアフリカ

これらの家族制度がどのような内容なのかは、長くなってしまいますので彼の著作を読んでいただきたいのですが、これらの家族制度が社会の価値観を生み出し社会制度を構築したというのが彼の主張で、例えば共産主義が資本主義先進国ではなく、なぜロシアや中国などの後進国で実現したのかを、これによって説明しています。
またこれとは話が別ですが、この家族型の分布を言語地理学の原則である「周圏分布」、即ち中心地から革新が伝播して周辺部に古形が残るという原則に当てはめると、私達が新しい概念と認識している「男女平等・核家族」などは実は近代に発達したものではなく、歴史的には文明辺境部に残存していた古い制度であると結論付けるなど、たいへんに興味深いものとなっています。

さてそんな彼が「自由貿易は世界を滅ぼす」と言っているわけですが、これはどういった理屈なのでしょうか。
私達の多くは「自由貿易は先進国、新興国を問わず、全ての国に恩恵をもたらす。それぞれの国が最も優位な分野において生産を行えば、世界全体の労働生産性は上昇し、安くて質の良い財やサービスを享受できる。保護貿易を行えば、一部の生産者は助かるかもしれないが、大多数の国民は割高な国産品しか買えなくなるので、社会全体で見ると損失の方が大きくなってしまう。」という説明に納得しており、実際に様々な売り場で安く魅力的な輸入品を見て、そのように機能していると感じています。
しかし世界では、「アメリカ・ファースト」を声高に主張するトランプ大統領、EU離脱で大混乱の英国、ヨーロッパ各地で勢力を伸ばすナショナリズムなどに示されるように、グローバリズムや自由貿易に反対する声が大きくなり、国民の間に亀裂や分裂が進んでいるのが現実です。
こうなった原因はいくつも考えられますが、大きな要因のひとつとして国際貿易の質的変化があることは間違いないでしょう。
第二次世界大戦以降、世界は先進国が工業化し、途上国が原材料や農業生産を行うという形で発展してきましたが、1980年頃から先進国で行われていた工業生産が、賃金の安い新興国へと次々に移転されていきました。
その結果、新興国は工業化し先進国は脱工業化するという従来の流れとは逆の展開が加速して、新興国では比較的多くの層がこの工業化の恩恵を受ける一方、先進国では製造業の空洞化が始まって、従事していた人達が解雇されたり、安い輸入品との厳しい競合を強いられることになりました。
これがいわゆる「中間層の没落」といわれるもので、それまでは地元に繁栄をもたらしていた工場が閉鎖され、あるいは生産性に勝るようになった新興国から安くて優良な商品が流入してくるため労働者の賃金が上がらないといった現象が、廃墟化して有名になったデトロイトの工業地帯だけではなく、日本を含め先進国で広くみられる社会現象となりました。
国民のボリュームゾーンを占める中間層が苦労する一方で、世界標準のプラットフォームや技術を持つ優秀な企業、そしてこれらに大規模な投資を出来る能力のある法人には、世界中からお金が吸い寄せられるように集まっていきます。
またこれらの法人は、少しでも税金の安いところで活動しようと考えますので、今度は国家間で法人税の引き下げ競争が始まります。
優秀な法人に国外に出ていかれたのでは、国が困るからです。
これらの結果として生み出されたのが、一部の持てる者に富が集中し、ボリュームゾーンである平均的な人々にはうまく成長の果実が行き渡らないという、富の偏在や経済格差の問題です。
この富の偏在や経済格差は当然いつの時代でも存在するのですが、今の先進国で広がっている格差は、国民を分断してしまう危険なレベルになってきているというのが彼の見立てです。
そして民主主義のベースには「平等」という概念があります。
法の下の平等や国民としての権利、そしてここには経済的な要素も絡んできて、許容範囲を超えた格差の拡大を放置することは国民の分断と国内の混乱を招き、民主主義が成立しなくなってしまうというのが「自由貿易は民主主義を滅ぼす」ということなのですね。
なるほど、欧米で実際に起きている混乱をみると、納得させられる気がします。

そこで彼が提案しているのは「行き過ぎた自由貿易から、保護主義的政策への転換」なのですが、あれっと思ってしまいました。
なぜならそれは、EUなんて鬱陶しいんだよといって離脱を決めた英国の選択と同じだからです。
確かに自由貿易には様々な負の面があり、経済格差拡大の要因になっていることは事実ですが、保護主義政策への転換もまた、少なくとも英国を見ている限りでは国民の分裂を決定付け、民主主義の機能不全を露呈してしまったと言えるのではないでしょうか。
私が勝手に想像しているのは、おそらく世界で保護主義政策への転換がある程度出来るのは、米国だけだろうというものです。
なぜなら米国は石油等のエネルギーから食料生産に至るまで、多少の不便は我慢してその気になれば国内だけで全て賄うことのできる唯一の大国だからです。
米国ならば自由貿易を無視して、極論として国内に引きこもったとしても地産地消で生きていくことは理屈の上では可能でしょうが、生活に不可欠なものを全て国内産だけで賄うことが理屈の上でも不可能な他のほとんどの国では保護主義政策への転換自体が無理で、実行しようとすれば英国のように、逆に国民の分断と民主主義の機能不全を露呈することになってしまうような気がします。

更に時代はICT技術の発達によってボーダレス化を加速し、データ駆動型社会へと変貌を遂げつつあります。
まだ誰も見たことがないデータ駆動型社会において、果たして保護主義政策への転換などという物理的な生産拠点の所有の有無をベースとした、何やら「王政復古の大号令」的な感じのする政策提言が有効なのか、疑問を持たざるを得ないというのが私の感想です。
技術は否応なく進化し、産業革命がそうであったように社会にも私達個人に変化を強要します。
私達に必要なのは、王政復古の大号令でもなく時代の波に翻弄されることでもなく、自身の知的対応力を高めていくことではないでしょうか。

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