「うちの子、最近作文を書かせると『AIに聞いてもいい?』と言うんです。」
保護者の方からこういう声を聞くようになったのは、ここ1〜2年のことです。私自身も、長年システム開発の現場でAIの進化を目の当たりにしてきた者として、子どもたちの言葉の力がどうなっていくのか、とても気になっています。宿題の作文、読書感想文、日記——かつて子どもが自分の言葉で書いていたものを、AIが代わりに書くようになっています。
これで語彙力や表現力は本当に育つのでしょうか。それとも、使わない筋肉が萎えていくように、言葉の力が静かに失われていくのでしょうか。
現時点での研究データを見てみると、答えは『使い方次第ではあるものの、リスクも確かに存在する』というものになりそうです。今日はその根拠と、ご家庭でできる具体的な対策について、データも交えながら皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
小学生のAI利用が語彙力・表現力に与える影響——研究データから見えてくる実態
まず、科学的な視点から整理してみましょう。
慶應義塾大学の川原繁人教授らが2025年に発表した研究論文「子ども向け生成AI搭載おしゃべりアプリの危険性について」では、子どもの言語発達における生成AIの使用に関して非常に大切な指摘がされています。子どもの母語獲得において、他の人間との社会的インタラクションは決定的に重要であり、現時点の生成AIが相手では、子どもの社会的認知能力を十分に育てられない可能性があるとしています(川原繁人ほか「子ども向け生成AI搭載おしゃべりアプリの危険性について」慶應義塾大学紀要、2025年 ※URL要確認)。
特に注目すべきは、言語習得の仕組みの違いです。人間の子どもが言語を獲得するには、音声・表情・文脈・感情などを含む豊かな社会的やり取りが必要です。AIは主にテキストを訓練データとしており、この「人間らしさ」の部分を提供できません。AIと話すことで文章の入出力は学べても、言葉が持つ温度や文脈への感度は育ちにくい、ということではないでしょうか。
また、公文教育研究会が2026年3月に発表した「家庭学習調査2025」では、小学1〜3年生の子どもが家で読書する時間が「まったくない」と答えた割合が29.5%に達し、年々増加傾向にあることが示されています。読書時間の減少と生成AI利用の増加が同時に進んでいるとすれば、語彙力の土台となるインプットが細る一方で、AIが表現を「代行」する構造が育ってしまうかもしれませんね(公文教育研究会「家庭学習調査2025」2026年3月)。
小学生がAIに作文を任せると何が失われるのか——語彙力・表現力への見過ごせない問題
語彙力とは、単に言葉を「知っている」ことだけではない、と私は考えています。適切な場面で、適切な言葉を選び、自分の感情や考えを正確に伝える力のことです。この力は「自分で言葉を探す体験」を繰り返すことで育っていくものでしょう。
AIが文章を代行すると、この「言葉を探す」プロセスがスキップされてしまいます。子どもが感じたことを「どう言葉にするか」を考える前に、AIがすでに答えを出してしまうからです。結果として残るのは、子どもが主体的に選ばなかった言葉の羅列、ということになりかねません。
表現力も同様です。表現力は「うまく言えなかった経験」と「それでも言葉を絞り出した体験」の積み重ねで育っていくのではないでしょうか。失敗のない作文は、もしかしたら学びの少ない作文になってしまうかもしれません。AIが流暢な文章を出力するほど、子どもは「こう書けばいい」という型だけを吸収してしまい、自分の言葉で表現する必要性を感じなくなってしまうかもしれません。
語彙力・表現力を守るための家庭ルール——AIとの上手な付き合い方
ルール①:まずは自分の言葉で書いてから、AIに見せてみませんか
作文や感想文は、必ず自分で最初の一文から書かせてみてください。書き終えてからAIに「もっとよくするにはどうすればいい?」と聞いてみる使い方なら、AIは添削者として機能してくれるはずです。自分の言葉が起点にあるため、語彙の選択はあくまで子ども自身が行うことになります。
ルール②:AIの文章を「自分の言葉に直してみる」練習
AIが出した文章を、子どもが自分の言葉に言い直す練習は、語彙力を鍛える良い方法だと私は思います。「AIはこう書いたけど、あなたならどう言う?」という問いかけが、表現を主体的に選ぶ大切な体験になるはずです。
ルール③:「AIで書いた文章」と「自分で書いた文章」を読み比べてみる
同じテーマで、AIが書いたものと自分が書いたものを並べて読んでみましょう。「どっちが自分らしいかな?」「どっちが気持ちが伝わるかな?」という問いが、子ども自身に言葉の価値を気づかせてくれるのではないでしょうか。
ルール④:読書時間を週3日以上、確保してみませんか
語彙力の土台はインプットです。AIを使う量が増えるほど、読書でのインプットを意識的に増やす必要があるでしょう。公文の調査では読書時間「まったくない」が増加中ですが、これを放置してしまうと、語彙の引き出し自体が育ちにくくなってしまうかもしれません。
深掘り①:「AIがあっても語学力は必要」——国際調査が示す保護者と子どもの意識差
ここで一つ疑問が生まれますね。語彙力・表現力を子どもたち自身はどう捉えているのでしょうか。
スプリックス教育財団が2025年に8か国で実施した「基礎学力と学習の意識に関する保護者・子ども国際調査」(第2回報告)では、「生成AIがあっても外国の言語を話す能力は必要だ」を肯定する割合が、子ども・保護者ともにすべての国で6割を超えたことが示されています。生成AIが普及した今も、語学力の必要性は広く認識されている、ということではないでしょうか(スプリックス教育財団「基礎学力と学習の意識に関する保護者・子ども国際調査2025」https://sprix-foundation.org/research/20251008)。
一方で同調査では、「計算力の必要性」については保護者のほうが子どもより高く認識する傾向が示されており、子どもほど「AIがあれば不要」と感じやすいことが浮かび上がっています。語彙力・表現力についても同様の傾向があると考えられます。子ども自身が「AIがあれば言葉の力はいらない」と感じ始めたとき、語彙力を育てる意欲そのものが失われてしまうリスクがあるのではないでしょうか。
深掘り②:言語発達期の小学生に特有のリスク——なぜこの時期が重要か
小学校時代は、言語発達において特に重要な時期だと私は考えています。
言語習得の臨界期仮説によれば、子どもが豊かな言語インプットを受けながら自ら表現を試みる体験を積む時期は、脳の可塑性が高い子ども期に集中しています。慶應義塾大学の研究が指摘するように、子どもの言語習得には「他の人間との社会的インタラクション」が決定的に重要です。AIとのやり取りは、この社会的インタラクションの質を十分に補うことは難しいでしょう。
また名古屋大学の美馬のゆり教授が2025年に発表した論文「AIの社会的影響と教育の転換」では、AI時代においてこそ「情報を批判的に評価し、新たな価値を創造する力」が求められるのではないかと指摘されています。この力の土台となるのが、自分の言葉で考え、表現する能力です。
小学生の時期にAIに表現を任せる習慣が根付くと、この力の土台が育たないまま中学・高校を迎えることになってしまうかもしれませんね。
実体験:「言葉が出てこない」子どもが変わった瞬間
ある体験授業でのことです。小学4年生の男の子に「今日やってみてどうだった?」と感想を聞くと、「楽しかったです」の一言で終わりました。「もう少し教えて」と促しても、「うーん……」と黙ってしまいます。
「じゃあ、どのパーツが一番おもしろかった?」と聞くと、「あの、ブロックを重ねるところ……うまくいかなくて、でもできたとき……なんか、すっきりした感じ」と、少しずつ言葉が出てきました。
「すっきりした感じって、どんな感じ?」。「パズルがはまったときみたいな……達成感?」。
彼は「達成感」という言葉を、自分で見つけました。AIが与えた言葉ではありません。この「自分で言葉を探す」体験が、語彙力の本質です。AIがあれば、こうした体験はスキップされてしまうでしょう。でも、スキップするたびに、子どもの言葉の引き出しは増えないまま時間が過ぎていってしまうのではないかと、私は心配しています。
「AIがあれば言葉の力はいらない」と思い始めた子どもに起きること
クラスの中を想像してみてください。作文をAIに任せ続けている子どもと、AIを参考にしながら最終的には自分の言葉で書き続けている子どもが、同じ授業を受けています。
今はほとんど差が見えないかもしれません。でも、国語の記述問題、プレゼンテーション、面接、議論の場——自分の言葉でリアルタイムに表現しなければならない場面が増えるにつれて、じわじわと差が広がっていくのではないでしょうか。AIは使えても、自分の言葉が出てこない。その瞬間に初めて、失われたものの大きさに気づくことになるかもしれません。でも、その時点で、それを取り戻すのは決して簡単ではないでしょう。
小学生のAI利用と語彙力・表現力に関するよくある質問
Q1. 作文にAIを使うことは完全にNGですか?
NGではないと私は考えています。「書き終えた後に改善案を聞く」「AIの文章を自分の言葉に直す」という使い方なら、表現力の学びにつながるでしょう。問題は「最初からAIに書かせて終わり」という使い方ではないでしょうか。自分が言葉を選ぶプロセスが必ずあるかどうかが、大切な分かれ目だと思います。
Q2. 読書時間が減っていますが、どう確保すればいいですか?
公文の調査では読書時間「まったくない」が増加中です。就寝前の15分・親子で同じ本を読む・図書館で好きな本を選ばせるなど、ハードルを下げる工夫が有効です。読む量より「続ける習慣」を優先してみてはいかがでしょうか。
Q3. AIが出した文章の語彙を子どもが吸収することはありますか?
受動的なインプットとして吸収される可能性はあるでしょう。ただし、語彙が本当に定着するには「使う体験」が欠かせません。AIの文章を読むだけでは使える語彙になりにくく、「AIがこの言葉を使ったけど、どういう意味だろう?」という親子の対話があって初めて、定着していくものだと考えられます。
Q4. 子どもが「うまく書けない」と悔しがっています。AIを使わせてあげた方がいいですか?
その「悔しさ」こそが語彙力・表現力を伸ばす燃料だと私は思います。「うまく書けない体験」は大切な学習です。すぐにAIを使わせるのではなく、「どんなことを伝えたいの?」と問いかけ、子ども自身が言葉を探す時間を少し待ってあげてみてはいかがでしょうか。
Q5. 小学生低学年でもAIを使った語彙学習は可能ですか?
低学年は特に慎重な姿勢が必要ではないでしょうか。慶應義塾大学の研究でも、母語発達途上の子どもへのAI活用には慎重であるべきと結論づけられています。低学年のうちは人間との豊かなやり取り・読み聞かせ・音読を優先し、AIはあくまで補助的な役割にとどめることを、私はお勧めしたいですね。
小学生の語彙力・表現力はAI時代こそ差がつく——今、始めることの意味
AIが文章を書ける時代に、人間の語彙力・表現力はむしろ価値が上がると、私は信じています。AIが出した文章を読んで「これは自分の言いたいことと違う」と感じ、自分の言葉で修正できる力。相手の気持ちを汲んで言葉を選ぶ力。その場の空気を読んで表現を変える力。これらはAIには代替できない、人間固有の言語能力ではないでしょうか。
スプリックス教育財団の国際調査が示すように、保護者の多くは「AIがあっても語学力は必要」と感じています。その直感は正しいと、私も思います。大切なのは、その認識を家庭での具体的な習慣に変えていくことではないでしょうか。
まとめ:語彙力・表現力を守るために今日からできること
小学生のAI利用が語彙力・表現力に与えるリスクは、研究データが明確に示していると感じています。特に言語発達期の小学生において、AIに表現を任せる習慣は「言葉を探す体験」を奪ってしまうかもしれません。
対策は禁止ではなく、上手な「設計」だと思います。自分で書いてからAIに聞く、AIの文章を自分の言葉に直す、読書時間を確保する——この3つを家庭のルールにするだけで、AIを使いながら語彙力を育てていくことができるはずです。
ここまで読んで、少し焦りを感じた方もいると思います。それは正しい感覚だと、私は思いますよ。
難しく考えなくていいです。今日の夕食のとき「今日どんなことがあった?もう少し詳しく教えて」と一言聞くだけが、語彙力を育てる最初の一歩になります。私たちくむすたでは、AIとの共存を前提としながら、子どもたちの言語的思考力とプログラミング的思考力を同時に育てるための教材や体験プログラムを提供しています。これらは、私自身が長年の経験と教育現場との連携の中で作り上げてきたものです。ご関心のある方は、ぜひ一度、お話を聞かせていただけませんか。子どもたちの未来を、一緒に応援していきたいと願っています。