AIがあるのに、プログラミングは本当に必要でしょうか?
「AIがコードを書いてくれるなら、子どもにプログラミングを教える必要はないんじゃないか?」
そうお考えの保護者の方は、正直、少なくないのではないでしょうか。むしろ、その疑問を持つこと自体、ごく自然な感覚かもしれませんね。
ただ、結論からお話しすると、
私自身も、プログラミング教育は必要だと感じています。ただ、その理由が、以前とは根本的に変わってきたように思うのです。
もはや「コードを書けるようにするため」だけではない。これからは「AI時代をたくましく生き抜くための『地頭』を作るため」だと、私は考えています。
この記事では、その理由を、私自身の現場での経験と、経営者としての実体験をもとに、飾らない言葉で皆さんにお話しできたらと思っています。
「プログラミング=オタク」、それはもう昔の話かもしれません
まず、ここから少し整理させていただけませんか。
「プログラミングをやると、暗い子になる」「オタクっぽくなる」という声を、実際に保護者の方々から聞くことがあります。
確かに、かつてはそういった側面もあったかと思います。
今、40〜50代のエンジニアを見渡すと、おしゃべりが苦手だったり、人との会話が得意でない方も、ある程度いらっしゃいました。それは、プログラミングが「机の前でひたすらキーボードを叩く孤独な作業」だった時代の話です。
ところが、今は状況が完全に変わってきていると、私は感じています。
AIがコードを生成する時代になったことで、「AIに何を作らせるか」を、きちんと自分の言葉で伝え、言語化する力が求められるようになりました。つまり、ちゃんとコミュニケーションが取れない人は、まともなプログラミングができない時代になっている、と考えることもできるかもしれません。
実際に若い世代のエンジニアを見ると、コミュニケーション能力が高く、チームで協力して動ける人が増えているのを実感します。プログラミング=暗い仕事というイメージは、すでに過去のものになりつつあるのではないでしょうか。
むしろこれからのプログラミング教育は、「明るく、人とおしゃべりができる子」を育てる方向へ向かっている、と私は見ています。
プログラミングは、これからの「読み書き」になるのではないでしょうか
少し大きな話をさせてください。
かつて「読み・書き・そろばん」が、社会を生きるための最低限の教養でした。文字が読めない・書けないのでは、日常生活も仕事も成り立たなかった時代です。
今の時代、プログラミング的思考は、その「読み書き」に近い位置づけになってきているように思います。
文部科学省が2020年に小学校プログラミング教育を必修化したのも、同じような認識から来ているのではないでしょうか。「将来プログラマーになるため」ではなく、「論理的に考える力を全ての子どもに」という方針だと理解しています。
これは、特定の職業のための専門教育ではありません。これからの時代を生きるための「基礎教養」だと、私は強く感じています。
漢字を読めない子が社会で苦労するように、プログラミング的思考を持たない子は、AI時代の社会で見えない壁にぶつかり続けることになるのではないか、と私には心配な気がしてなりません。
現場で子どもたちを見ていて感じた、ちょっとした変化と違和感
私たちが運営するクムクムの教室で、子どもたちと接していると、こんなことを感じることがあります。
YouTubeやSNSで育った子どもたちは、情報を受け取ることには非常に慣れています。でも、「何かを自分で作る側」に回ることが、少し苦手な子が多いように見えるのです。
以前、ロボットを目の前に置いて「20分間、自由に動かしてみてください」と伝えたことがありました。すると、ほとんどの子が「何かお題をください」と言いました。
言われたことはできる。でも、自分で問いを立てることができない。
これはAI時代を生きる上で、少し心配な状況ではないでしょうか。なぜなら、AIに良い答えを出させるためには、まず「自分が何を求めているか」を明確な問いとして立てる力が必要だからです。
プログラミングを学ぶ過程で一番鍛えられるのは、実はこの「問いを立てる力」だと私は考えています。「どうすればロボットがまっすぐ歩くか」を自分で考え、試し、修正する。この繰り返しが、自然と問いを立てる習慣を作ってくれるのではないでしょうか。
私自身、経営者として実感した「プログラミング的思考」の力
私自身、少しお話しさせてください。
私は会社経営をしていますが、プログラミングを学んだことで、経営の質が根本から変わったと実感しています。
プログラミングとは、最終的な目標に対してステップを分解し、やるべきことを順番に並べ、それを実行して結果を確認するという思考です。
この思考が身についてから、どんぶり勘定だった経営が、数値で動くようになりました。目標を数字に落とし、そこから逆算してプロセスを設計し、あとは自分がプログラム通りに動く。感情ではなく、構造で経営を動かせるようになった、と私自身感じています。
さらに意外だったのは、人との会話にも活きたことです。相手の話を聞きながら「この人が本当に求めているものは何か」を構造的に整理する力は、プログラミング的思考そのものだと気づきました。
プログラミングは、プログラマーを作るためのものだけではありません。どんな仕事にも、どんな場面にも使える「思考の基礎体力」を作るものだと、私自身、強く感じています。
AIが強くなるほど、「使う側の人間」の価値が上がる、と私は見ています
ここは少し誤解されやすいかもしれませんので、私なりの言葉でお伝えさせてください。
AIが進化すればするほど、「AIを正しく使える人間」の価値は、むしろ高まっていくのではないでしょうか。
なぜか。AIは「それっぽい正解」を高速で出すのが得意です。でもAIは平気で嘘をつきます。現実では使えないコードを、自信たっぷりに出してくることもあります。しかも見た目はそれっぽい。
総務省「情報通信白書 令和5年版」でも、生成AIのハルシネーション(誤情報生成)は、見過ごせないリスクとして指摘されているようです。
AIの出力を「信じていいかどうか判断する力」。これがプログラミング的思考を持つ人間と持たない人間の、決定的な差になってくるのではないかと思います。
プログラミングの基礎を知っている子どもは、AIが出した答えを「なぜそうなるのか」という視点で検証できます。知らない子どもは、AIの答えをそのまま信じるしかないかもしれません。
どちらの子どもが、AI時代をたくましく生き抜いていけるか。私には、その答えが見えてくる気がするのです。
プログラミング教育が、本当に育む3つの力
プログラミング教育が本当に育てる力は、コードを書く技術だけではありません。
- 思いついたことを形にする力(アイデアを構造化する)
- 試して修正する力(失敗を恐れず動かしてみる)
- AIの答えを疑う力(批判的思考・検証する習慣)
この3つは、プログラマーだけに必要な力ではない、と私は思います。経営者にも、教師にも、医師にも、どんな職業にも必要とされる力だと、私は考えています。
OECDの学習到達度調査(PISA2022)でも、「ICTを学習ツールとして活用する子どもは、批判的思考力と問題解決能力が高い」という結果が出ているようです。
プログラミングは、その力を育むための、非常に良いきっかけになるツールだと感じています。
AI時代を生き抜く「試す力」、その大切さ
AIを使えば、答えはすぐ出ます。だからこそ、これからの時代に価値を持つのは「知識量」ではなく、「試行回数」ではないかと私は思います。
どれだけアイデアを出し、どれだけ速く試せるか。この回転速度が、AI時代の競争力になってくるのではないでしょうか。
プログラミングを学んでいる子どもに共通して見られる特徴があります。「とりあえず動かしてみる」という習慣です。
思いついたことを試す。うまくいかなければ直す。また試す。この繰り返しが自然にできる子は、AIをツールとして使いこなしていくことでしょう。待ち続ける子は、AIに使われてしまうかもしれません。
プログラミングは、この「試す習慣」を最も自然に身につけられる学習環境だと、私は確信めいたものを感じています。
深くやる必要はない。でも、触れないのはもったいない、と私は思います
ここで一つ、私自身の正直な気持ちをお話しさせてください。
プログラミングにどっぷり漬かる必要はありません。深くハマりすぎると、かえって視野が狭くなることもある。それは事実です。
でも、全く「触れていない」というのは、やはりもったいないと思うのです。
読み書きを「プロの作家になるため」に学ぶ人はいませんよね。社会を生きるための基礎として学ぶものです。プログラミングも、それに近いのではないでしょうか。
専門家を目指す必要はない。でも、「ゼロ」は少しリスクが高いかもしれません。
ちょうどいい距離感で、子どもの頃から触れさせてあげる。それだけで、AI時代を生きる「地頭」の土台がしっかりと作られていくことを願っています。
よくある質問(FAQ)
Q1. AIがコードを書いてくれるなら、プログラミングを学ぶ必要はないのでは?
必要だと、私は考えています。理由は、AIを正しく使うために、プログラミング的思考が必要だからです。AIに良い指示を出す力、AIの出力を検証する力は、プログラミングの基礎を持つ人間にこそ育まれるものだと、私は思うのです。AIがコードを書くからこそ、「使う側の人間」の質が問われる時代になるのではないでしょうか。
Q2. プログラミングをやると暗い子・オタクっぽい子になりませんか?
それは過去のイメージではないかと、私自身は感じています。今のプログラミング教育は、コミュニケーション力と一体で動いていくものだと考えています。AIと協働する時代、「自分の意図を言葉で伝える力」がなければ、良いプログラムは作れません。むしろ、社交的で表現力のある子が育ちやすい環境になっているのではないでしょうか。
Q3. 小学生のうちからプログラミングを始める必要がありますか?
早ければ早いほど有利なのではないかと、私は思います。プログラミング的思考は習慣なので、幼い頃から「試して修正する」経験を積むことで、自然に身につくものです。文部科学省も2020年から小学校でプログラミング教育を必修化しており、早期教育の重要性は国も認めていると言えるのではないでしょうか。
Q4. プログラミング教育はプログラマーを育てるためのものですか?
違います。プログラミング教育の目的は、「論理的思考力・問題解決力・創造力」を育てることだと、私は理解しています。将来プログラマーになるかどうかに関係なく、どんな職業・どんな場面でも使える「地頭」を作るためのものだと、私は考えています。
Q5. どのくらいの深さでプログラミングを学べばいいですか?
「専門家レベル」は不要だと、私は考えています。「触れたことがある」レベルで十分ではないでしょうか。大事なのは「作る側の感覚」を持つこと。思いついたことを形にする体験、試して修正する体験を積むことが目的だと考えています。深さよりも、継続性を重視してあげてほしいと願っています。
Q6. 親がプログラミングを知らなくても子どもに教えられますか?
もちろんです、教えられますよ。親御さんがプログラミングの専門知識を持つ必要は全くありません。大事なのは「一緒に試してみる」姿勢です。「なぜそうなるんだろう?」と、子どもさんと一緒に考えるだけで、十分な教育効果があることを、私たちは経験から知っています。
まとめ:プログラミングは、子どもの「地頭」を育てる近道かもしれません
AI時代にプログラミング教育が必要な理由は、「コードを書くため」だけではありません。
- AIを疑う力を育てるため
- 問いを立てる習慣を作るため
- 試して修正する「地頭」を鍛えるため
これはプログラマーだけに必要な力ではないと、私は強く感じています。AI時代を生きるすべての子どもに必要な「読み書き」レベルの基礎教養ではないでしょうか。
プログラミングを学ぶことは、決して暗い子を育てることではありません。むしろ、自分で考え、試し、修正しながら、明るくたくましく育っていく子どもたちの姿を、私たちはたくさん見てきたように思います。
深くハマる必要はない。でも、全く触れないのは少しリスクがあるかもしれません。
ちょうどいい距離感で、今日から子どもをプログラミングに触れさせてみてはいかがでしょうか。
ここまでお読みになって、もしかしたら少し焦りを感じられた方もいらっしゃるかもしれません。その感覚は、とても大切だと思います。ただ、難しく考えなくていいのです。今日から一つだけ、何か始めてみれば十分だと、私は思います。
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