教育が変わる

文部科学省は、令和元年6月に「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」を発表しました。
これは平成30年11月に発表された「新時代の学びを支える先端技術のフル活用に向けて」、いわゆる「柴山プラン」の内容をさらに深めた最終的な政策プランですが、何が書かれているのか見てみたいと思います。

この中でベースとなっているのは、政府が掲げる「Society5.0」という新しい時代において、それでは教育はどうあるべきかという考え方なのですが、そもそも、この「Society5.0」とはなんのことなのでしょうか。
これは平成28年に発表された第5期科学技術基本計画の中で、日本が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されたもので、内閣府の説明によると「Society5.0」の社会とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムが実現する社会のこととなっています。
「Society5.0」では、人類の発展の歴史を5段階に分けて考えます。
第一段階(1.0)は狩猟社会、第二段階(2.0)は農耕社会、産業革命以降の工業社会(3.0)を第三段階とし、コンピューターの出現以来、現在も続く社会を第四段階の情報社会(4.0)とします。
そしてAI、IoT、ロボット、ビックデータなどが生活に入り込んだ、すぐ先の近未来を第五段階(5.0)とし、全ての人とモノとがつながり、様々な知識や情報が共有されて今までにない新たな価値を生み出す「超スマート社会・人間中心の社会」と位置付けているわけです。
この「Society5.0」では、新たな社会を支えるイノベーションとしてIoT、AI、ロボット、ビッグデータなどのICT技術、そしてAI家電、遠隔医療や遠隔教育、スマートワーク、車の自動走行技術などが具体例として挙げられています。
この内閣府の提唱に合わせて、各省庁がそれぞれの分野で呼応する方針を打ち出しているわけですが、文科省が平成30年にまず発表したものが「Society5.0に向けた人材育成〜社会が変わる、学びが変わる〜」と題された所謂「柴山プラン」であるわけです。
この柴山プランの中では我が国の課題として、Society5.0に向かう社会において、その人材が圧倒的に不足している問題点を挙げ、これを解決するために「技術の発達を背景として、Society5.0における学校は、一斉一律の授業スタイルの限界から抜け出し、読解力等の基盤的学力を確実に習得させつつ、個人の進度や能力、関心に応じた学びの場となることが可能である。また、同一学年での学習に加えて、学習履歴や学習到達度、学習課題に応じた異年齢・異学年集団での協働学習も広げていくことができるだろう」と今までにない大胆な提言をしており、これが柴山プランの注目される所以です。
この柴山プランの中で語られた未来の教育を実現するために、「最終まとめ」の中で繰り返し述べられているのが「教育ビッグデータの活用」で、従来からよく見るような電子黒板だのタブレットの配布だのという、ほのぼのとした未来予想図とは一線を画します。
さてその「最終まとめ」を見ると、その中の1(3)の「教育現場でICT環境を基盤とした先端技術・教育ビッグデータを活用することの意義」で、「学校でICT環境を基盤とした先端技術や教育ビッグデータを活用することは、これまで得られなかった学びの効果が生まれるなど、学びを変革していく大きな可能性がある」と述べた上で、次の四つを類型化して提案しています。
1学びにおける時間・距離などの制約を取り払う
2個別に最適で効果的な学びや支援
3可視化が難しかった学びの知見の共有やこれまでにない知見の生成〜教師の経験知と科学的視点のベストミックス(EBPMの促進)〜
4校務の効率化〜学校における事務を迅速かつ便利、効率的に〜
この中の「3」の項目において、「ビッグデータ」という言葉が多用されていますので、そのままを引用してみます。
・教師の指導や子供の学習履歴・行動等の様々なビッグデータを自動的、継続的かつ効率的に収集できるようになり、分析が可能となることで、各教師の実践知や暗黙知を可視化・定型化したり、新たな知見を生成したりすることが可能となる。
・ビッグデータの収集・分析を通じ、例えば「子供がいかに学ぶか」に関する経験的な仮説の検証や個々の子供に応じた効果的な学習方法等の特定を通じ、これに基づいた学校経営やよりきめ細やかな指導・支援が可能になる。また、それらを国や地方公共団体の政策に活用することが可能になる。
つまり、ビッグデータを積極的・有為に活用して、従来からの経験値に基づく学習指導方法を抜本的に見直していこうということであり、これは物凄い転換点を示しているということが出来ます。
そして2(2)において、「近年、様々な主体によってデータの収集が行われているが、日本国内においては収集しているデータ項目やデータ収集に使われている用語等が各主体によってまちまちであり、これらを統一するルールも定められておらず、データの連携や分析が効果的に行われていない状況である」と基盤未整備の問題を指摘した上で、「教育ビッグデータの活用には様々な可能性がある。例えば、スタディ・ログ(学習履歴)をはじめとした教育ビッグデータが継続的に収集、蓄積、分析されることで、学習者自らが振り返りに活用するなど個別に最適な学びを行うことができるようになるほか、将来的には医療や福祉等の他分野ともデータ連携することでよりきめ細やかな指導・支援が可能となり得る。このように、教育ビッグデータの活用は学習者の成長を促す可能性を大きく広げることにつながり、未来の教育に重要で不可欠な基盤となるものである。」と強い主張を展開しています。
この課題に対する具体的なアクションとして、文科省は「学習指導要領のコード化」を推進すると述べ、教育ビッグデータ活用への本気度を示しています。
学習系データのコード化については、すでに民間事業者が各社独自に行っているところですが、そもそもデータがバラバラで、今のままではビッグデータとして有効な活用は望めません。
そのため学習内容の標準とされる学習指導要領に基づいて、その内容や単元に共通のコードを設定して共通性を持たせようというのが学習指導要領のコード化であり、文科省がリーダーシップを取って進めていくと述べられているあたりに、まさに本気度が半端ではないことが示されているわけです。
そして「今後、教育ビッグデータの効果的な活用を促進するために、文部科学省は、民間企業、有識者を交えて教育データの標準化に向けて検討を行い、令和2年度中に一定の結論を得ることとする。」と具体的な期限を明示して学習指導要領のコード化にかかる取り組みについて述べるなど、教育行政は大きく変わっていくのだなということが強く感じられる内容となっています。

一通り読んだ個人的な感想としては、現状にも結構斬り込んでいて、広いビジョンがまとめられています。
逆に見ると、文科省においても現状には相当な危機感を覚えていて、具体化を急いでいると見ることができるのではないでしょうか。
私が偉そうなことは言えませんが方向性としては全く間違いなく、ここで描かれた内容が、是非とも早い段階で実現されることを強く希望している次第です。

文:三宅 正一

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